虜人日記

虜人日記 (ちくま学芸文庫)

これほどまでにあの大戦の戦場を身近に感じたことは過去になかった。

著者である小松真一氏。
台湾、フィリピンへブタノール生産のために軍属として派遣された科学者。
氏が30代半ばの、気力体力充実した時。
戦況悪化が著しいフィリピンのネグロス島などで自動車の燃料となるブタノール生産のため活躍する。
自分の乗った船が下船の後沈められたり、戦闘機から狙撃されたりという経験を数多くしたのち、米軍上陸後山へ入る。
山中では爆撃にくわえ飢えと戦い、日本の降伏後1年以上捕虜生活を送る。


読んでいて伝わってくる苛酷さはあまりに凄まじく、科学者の本能なのだと思われる氏の抑制の利いた、時にはユーモアのある文章に驚かされる。
自分だったら書き記すことなどできなかったに違いない。


氏は幸運にも生き残った。
・登山が趣味であり、自分がどの程度の荷物をかついでどの程度動けるかを熟知していた
・科学者であり、生物関係の知識もあったため何が食べられるか、どう栽培すればよいかなど食に関する知識があった
・ブタノールの生産管理指導などにより多くの人に感謝されていた
・兵隊でなかったので切り込みを行わずに済んだ
・将校扱いであり、山に入った後、部下の兵隊を持つことができた(部下がその後従ったのは氏の人望、食料調達能力があったためと思われる)
など、生き残るための条件がそれなりに揃っていたことはあっただろうが、それでも「幸運だった」ことが最大の理由と思われる。
それほどまでに日記の内容、つまり現実に起きていたことは過酷だった。


それにしても、軍の上層部が投降を禁じたこと、終戦を遅らせたことは犯罪行為だと強く思う。
戦うための武器を持たない兵や市民がただ爆弾に倒れ、飢えに倒れ、極限状態では友軍に殺されるというのはあまりにひどいではないか。


氏や(残念ながら数は少ないが)尊敬される将校の存在が救いだ。
戦争を語り継ぐというのはこのような本を伝えていくことなのかもしれない。
子どもたちが大きくなったときに手に取れるように、本棚の見えやすい所に永久保存しておこうと思う。